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福島地方裁判所 昭和48年(ワ)186号 判決

原告 氏家スイ

右訴訟復代理人弁護士 大学一

同 小野寺信一

被告 福島県

右代表者知事 松平勇雄

右訴訟代理人弁護士 今井吉之

右指定代理人 星本文

同 若杉栄

主文

被告は原告に対し七六九万七四五四円及びこれに対する昭和四五年七月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し八〇五万五八〇九円及びこれに対する昭和四五年七月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(事故の発生)

氏家たか子(以下たか子という)は福島県立川俣高等学校(以下川俣高校という)に在籍し、昭和四五年七月二五日から二泊三日の予定で行なわれたクラスキャンプ(以下本件キャンプという)に参加したものであるが、同月二六日午前一一時三〇分ころ福島県耶麻郡北塩原村大字檜原字剣ヶ峯一〇九三番地内の小野川湖において、椛木民之助運転のモーターボート(第二あさぎり丸)に乗船中同船が転覆したため、湖水に投げ出されて溺死した。

2(被告の責任)

被告は左の各事由により原告の後記損害を賠償すべき義務がある。

(一)  国家賠償法一条の責任

(1) 引率教師の過失

イ 本件キャンプは川俣高校のホームルーム若しくは学校行事の一環として、又は、少なくともこれらの教育活動と密接不離の関係にあるものとして実施されたものである。

ロ 菅野格男は川俣高校の教諭で本件キャンプに引率してその実施にあたったものであるが、たか子ら一四名の乗った第二あさぎり丸は全長約三・七メートル、巾約一・五メートル、定員七名の小型船で、発進前既に吃水極めて深く転覆、沈没のおそれが明らかであったから引率者としては生徒の乗船を避止するなど生徒の安全を図るべき注意義務があるのにこれを怠った過失がある。

また、野地彬布は右菅野と同様川俣高校の教諭で本件キャンプに引率したものであるが、前記椛木民之助と生徒ら二二名の乗船を交渉した際、同人から三回に分乗するよう指示を受けたのであるから菅野若しくは生徒らに対しその旨連絡、告知して定員過刺の乗船を避けさせるべき注意義務があるのにこれを怠った過失がある。

(2) 川俣高校長の過失

仮りに本件キャンプが、川俣高校の教育活動と全く関係なく、従って引率者には教師として参加生徒の生命身体に対する安全保護義務がないとしても、本件キャンプの実施に関して川俣高校長中川幸意に左の責任があるから被告は損害賠償の義務を負う。すなわち

中川校長は、たか子ら生徒の保護者に対し、「三年普通科(B、C、D)クラスキャンプについて」と題する昭和四五年七月一四日付書面をもって、本件キャンプに子弟参加の承諾を求め、原告らはこれを承諾し、たか子を参加させたものである。

したがって中川校長は、キャンプの内容、場所、日程、利用交通機関等計画全般を把握し、事前に安全性に関して調査したうえ、参加生徒に対しキャンプにおける禁止ないし注意事項を指示するなど適切な措置を講じ、安全に本件キャンプを実施すべき注意義務があるのにこれを怠った責任がある。

(二)  民法七一五条の責任

被告は、その被用者野地彬布、菅野格男外一名をして本件キャンプを実施させたものであって、前記のとおり右両名に過失があるから表記の責任を免れない。

(三)  債務不履行

被告福島県は川俣高校の設置者としてたか子を入学させたことにより同女及びその保護者である原告に対し、契約上の安全配慮義務を負うと解すべきところ、たか子はホームルームの一環として実施された本件キャンプに参加中前記野地、菅野の過失により死亡したもので、債務不履行の責任を免れない。

3(損害)

(一)  たか子の損害及び相続

(1) 逸失利益 五〇五万五八〇九円

たか子は本件事故当時一八才で、就労可能年数は四五年、その月収は三万六八〇〇円、控除すべき生活費は一ヶ月一万八六六四円であるからこの間の逸失利益の現価を計算すると五〇五万五八〇九円である。

(2) 慰謝料 二〇〇万円

(3) 原告はたか子の実母として同人を相続した。

(二)  原告の慰謝料 一〇〇万円

なお原告は、椛木らから一三五万円を受領し、これを損害金に充当した。

よって原告は被告に対し不法行為ないし債務不履行に基づいて前記損害八〇五万五八〇九円とこれに対するたか子死亡の翌日である昭和四五年七月二七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)(1) 同2、(一)、(1)のイの事実は否認する。

本件キャンプは生徒の自主的な計画実施にかかるものであって、学校教育活動ではない。すなわち、

本件小野川湖畔のキャンプは、数年前から、川俣高校三年生が、夏休みを有意義に過すことと、同級生間の親睦を図る趣旨で、生徒が計画を立てて、任意参加の形で行って来たものである。

本件の場合も、例年の慣例に従い、六月ごろ三年生の間で話合いがもたれ、計画が立案されたものである。

計画によれば、小野川湖畔でキャンプを行うこと、参加者は希望による任意参加であること、期日は七月二五日(土)から七月二七日(月)まで二泊三日、経費は一人一五〇〇円程度ということであった。生徒達の要望によりクラス担任を含め三名の教師が付添、参加することになった。

以上のとおり、本件キャンプは、生徒達が計画したものであり、生徒達は夏期休暇中で授業を行わない期間であり、参加も生徒の希望によるものでクラス五二名中一三名が不参加であった。

付添参加の教師に対しても学校からは出張命令を出しておらず、単に職務専念義務を免除して参加させたもので、その費用もPTA会計から支出されている。

また高等学校における教育活動は、教育課程に基づいて行なわれなければならない。(学校教育法第四三条、同法施行規則第五七条、第五七条の二)

高等学校学習指導要領によれば、教育課程は、各教科と各教科以外の教育活動としてホームルーム、生徒会活動、クラブ活動、学校行事からなることとなっている。

教育課程の編成は、学習指導要領の基準により、校長が行い、教育委員会の承認を受けることになっている。(福島県立学校の管理運営に関する規則第一五条)

本件キャンプは、川俣高校の教育課程には、全く位置づけられておらず、従って学校教育活動ではない。

(2) 同ロの事実のうち菅野格男、野地彬布が川俣高校の教師で本件キャンプに引率したことは認め、その余の事実は争う。

本件事故につき、付添の教師には何らの過失がない。すなわち、小野川湖をモーターボートで渡航することになったのは生徒達が自主的に計画決定したものである。

付添教師である野地は、生徒達を代表して、船会社と乗船の契約を行った。実際の乗船に当っては、生徒達が各自勝手に乗船し第一回の船に、野地が付添って出航し、第二回目の船に菅野が付添って乗船したのである。

第二回目の乗船の際、生徒達が全員乗船し、最後に、菅野が運転者に対し、「私が乗っても大丈夫か」と念を押したところ、運転者である椛木は、「乗ったらいゝべ」と答えたので、乗船したものである。

野地は、契約の際、船会社に対して乗船人数を二二名と告げており、運転者たる椛木も生徒達の乗船状況を見ているのであるから、定員を超過しているならば、当然に、右椛木が乗船人数を制限すべきであった。

付添教師である野地、菅野は、本件モーターボートの定員数を全く知らず、運転者たる椛木の指示に任せていたものである。

本件モーターボートを初め、自動車、汽車等の交通機関を利用する場合には、その利用に関しての安全義務は、その交通機関の経営者および運転者にあるのであり、付添者にはないものである。

さらに、高等学校の生徒ともなれば、満一六ないし一八才に達しほゞ成人に近い判断力を持つまでに心身が発達しており、自己の行為の結果、何らかの法的責任が生じることを認識しうるだけの知能、即ち責任能力を備えているもので、自己の行為について、自主的な判断で、責任をもって行動するものと期待しうるから、付添教師としても生徒の自主的な判断と行動を尊重し、逐一、生徒の行動と結果について監護する義務はない。

かりに、生徒達だけでモーターボートに乗船し、本件のような事故が発生した場合には、その責任は、船の経営者、運転者又は、被害者本人が負担すべきであり、たまたま本件のように付添者がいた場合に、付添者がその責任を当然に負担するということはありえないはずである。

よって、本件事故は全く本件モーターボートの経営者および運転者の責任によるもので、野地、菅野には全く過失がない。

(3) 同2の事実中中川幸意が川俣高校の校長で、原告主張の書面を差出したことは認め、その余の事実は争う。

(二) 同(二)の事実中野地、菅野が被告の被用者であることは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実のうち被告が川俣高校の設置者であることは認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実のうち原告がたか子の母で同女を相続したことは認め、その余の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生は当事者間に争いがない。

二  高等学校の教育活動について

1  高等学校の教育課程は、昭和四五年当時教科、特別教育活動及び学校行事等からなり、その編成は文部大臣の定める学習指導要領に準拠し校長が行うものである。

しかして特別教育活動は「生徒の自発的な活動を通して、個性の伸長を図り、民主的な生活のあり方を体得させ、人間としての望ましい態度を養う」ことを目標とし、ホームルーム、生徒会活動及びクラブ活動からなる。右のホームルームは学校における基礎的な生活の場として、共同生活、生き方、進路の選択、決定等に関する問題、レクリエーションを取扱い、これらを通じて生徒の自発的活動を助長することを内容とするものである。

また、学校行事等は各教科、科月及び特別教育活動のほかに、これとあいまって高等学校教育の目標を達成するために学校が計画し実施する教育活動で、生徒の心身の健全な発達を図り、あわせて学校生活の充実、発展に資することを目標とし、儀式、学芸的行事、保健体育的行事、遠足、修学旅行その他右目標を達成するために適宜実施される教育活動を包含する。また学校行事等の計画、実施にあたっては、他の教育活動との関連を考慮し、生徒の自主性、積極性をそこなわないよう指導することが期待されている。

2  《証拠省略》によると次の事実が認められる。

(一)  本件キャンプは昭和四五年六月川俣高校三年生が発意し、ホームルーム等における討議を経て立案され、それぞれクラスの正副担任教諭引率のもとに実施された。

(二)  クラス担任教諭は右計画立案に際し、本件キャンプの実施時期、場所、内容等について指導助言を行い、また、その実施について事前に補導課長、教務課長、教頭を経由して校長の決裁を得、事後に校長宛の復命書を提出している。

(三)  校長は本件キャンプの実施について事前に生徒の保護者に対し、昭和四五年七月一四日付の「三年普通科(B、C、D)クラスキャンプについて」と題する書面をもって「高校生最后の夏休みを有意義によりたのしく過したく、下記にしたがい、夏季休業中のクラスキャンプを実施したいと思いますので、ご子弟の参加をご承諾くださるようお願いいたします。」旨、そして実施クラス、及び参加人数、実施の期日、場所日程、引率指導教師名、経費等を明記したうえ参加の承諾を求めている。

(四)  小野川湖畔キャンプは昭和四一年以降川俣高校三年生を対象として毎年夏期休暇中に実施され、昭和四五年度においても四学級中三学級が実施し、各学級の過半数の生徒が参加している。

以上の各事実が認められ、これらの事実を総合すれば、本件のキャンプの実施は川俣高等学校長の承認のもとで行われた特別教育活動であるホームルームとしてのレクリエーションであるというべきである。

福島県立学校の教育課程は福島県立学校の管理運営に関する規則一五条により校長がこれを編成し、教育委員会の承認を受けなければならないところ、本件全証拠によるも本件キャンプ実施についての承認があったことは認めることができないが、右承認の有無は、本件キャンプの実施が特別教育活動であるとの本質を左右するものではない。

次に、《証拠省略》によると被告主張のとおり野地彬布、菅野格男は職務に専念する義務の免除を得て本件キャンプに引率し、PTAからその旅費等の支給を受けていることが認められるが、他方、《証拠省略》によれば、教師の引率業務は、昭和三八年四月以降予算不足の理由から教育委員会が主催、共催、承認した教育活動に限り出張命令を行う校務として取扱われ、その余はPTAからの協力を前提に職務に専念する義務の免除措置によって運用されてきたことが認められる。

そうすると教師の引率が職務専念義務の免除を得て行われたことのみをもって、本件キャンプにおける教師の引率業務が非校務であるということはできない。

《証拠判断省略》

三  引率教師の過失について

菅野格男が川俣高校の教師で本件キャンプに引率したこと、第二あさぎり丸が全長約三・七メートル、巾約一・五メートル、定員七名の小型船であって、本件事故発生時たか子ら一四名のものが乗っていたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると次の事実が認められる。

(一)  第二あさぎり丸の高さは五九センチメートルで、空船での、船縁から吃水線までの垂直距離は船首で五一センチメートル、船尾で四三センチメートルであった。

(二)  同船は大人一一名が乗ると満席となってこれ以上乗船する余裕がなく、またその状態では船縁から吃水線までの垂直距離は船首で一三センチメートル、船尾で二二センチとなり、航行させることは勿論乗下船時にも注意しないとボートの揺れ等で浸水する危険が十分であった。

(三)  事故当時乗船していた生徒のうちにも転覆の危険を感じたものがあり、また菅野自身も定員を具体的には認識していないものの乗船人員が過剰であって転覆の危険を感じ一時乗船を躊躇したほどであった。

以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

以上の事実に照らすと、第二あさぎり丸は出発前既に吃水極めて深く、転覆の危険が明らかであったといいうべく、従ってまた菅野には引率教師として第二あさぎり丸の定員を確かめ、定員を超えることとなる場合には、その数の生徒を下船させ、生徒らの安全を図る注意義務があり、同人には右の注意義務を怠った過失があるというべきである。

四  被告の責任

国家賠償法一条にいわゆる公権力の行使は、国又は地方公共団体がその統治権に基づき優越的な意思の発動として行う権力作用に限らず、広く非権力的作用(ただし、純然たる私経済作用及び営造物管理作用を除く)をも包含すると解するのが相当であるところ、本件事故は以上説示のとおり県立高校の特別教育活動中引率教師の過失によって生じたものであるから被告は同条に基づき原告の後記損害を賠償する責任がある。

五  損害

1  たか子の逸失利益現価額

《証拠省略》によれば、たか子は本件事故当時一八才の健康な女子で、川俣高校を卒業する昭和四六年三月の翌月から就職することが確実であったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、たか子は満一九才から満六三才までの間就労可能(政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準参照)で、その間の賃金は年額五四万二九〇〇円(昭和四五年賃金センサス第一巻第一表全産業全女子労働者平均給与額による新高卒女子の年令平均賃金参照)、生活費は収入の五〇パーセントと推認するのが相当である。

従ってたか子は稼働期間中毎年賃金から生活費を控除した額二七万一四五〇円相当の利益を喪失することになるが、就労一年前の一八才時に全所得の支払を受けることとなるからその年間純収入に四五年のホフマン係数から一年のホフマン係数を差引いた数値を乗じてその現価を算定すると六〇四万七四五四円となることが明らかである。

2  たか子の慰謝料二〇〇万円

死亡したたか子の精神的損害を慰謝すべき金額は二〇〇万円とするのが相当である。

3  原告の慰謝料一〇〇万円

原告がたか子の母であることは当事者間に争いがなく、本件事故によって原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円とするのが相当である。

4  原告がたか子を相続したことは当事者間に争いがない。

5  原告が右損害のうち椛木らから計一三五万円の支払を受けたことは原告の自認するところである。

六  結論

以上の次第により被告は原告に対し七六九万七四五四円とこれにする不法行為の日の後である昭和四五年七月二七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって原告の本訴請求は右の限度において正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤貞二 裁判官 石井義明 金野俊男)

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